夏の終わりと、母との別れ その13

母が救急車で運ばれてから、亡くなるまで。

1週間を病院で過ごしました。


お医者様の余命宣告通りで。

「几帳面だったお母さんらしいね、本当にちょうど1週間で逝くなんて…」と話したのを覚えています。



この入院していた最期の1週間、母は少しずつ弱っていきました。


倒れた翌日はモルヒネで朦朧とし、脳出血の影響での半身麻痺で

口も回らない状態ではありましたが、時々何かを伝えようとしていて。


自分がそんな状態なのにも関わらず、面会時間終了の音楽を聞いて

うちに「だんなさんが待っているから家に帰るように…」と伝えようとしたり。

弟の食事や体調を気にしたり。


自分がこんな状態なのに、人のことばっかり!!!

「倒れてもほんまお母さんじゃね…」と弟と言い合いました。


あとは顔が麻痺して違和感があるようで、エネルギーを送って欲しいというような訴えをしたり。

高熱でほてった顔を冷やして欲しそうにしたり。


麻痺と弱った身体のせいで、何を言っているかはほとんど聞きとれない状態でしたが

握った手を弱々しく握り返してきたりと、母はまだたしかにそこにいました



2日目になると、ほぼ眠りっぱなしの状態で喋ることもなく…

薬で朦朧としながら、たまに譫言のように言葉に聞こえない言葉を発するくらいで。


眠る母の唇が乾燥して切れてしまわないように、水分を含ませて

クリームを塗るということを繰り返していました。



3日目には酸素マスクになり、ほぼ完全に喋る事ができなくなりました。


お医者様の話では、意識がないのは薬による混濁というより

脳出血の影響で不可逆的なものなので…

話かけても聞こえないだろうし、今後意識が戻るという期待はちょっと…ということでした。



ただその後で、それを聞いていた看護士さんがこっそりと

「私はご家族の声、ちゃんと届いてると思います!

 動く方の手の反応を見てると、思い込みかもしれないけどそんな感じがするんです…。」

と伝えてくださって。


どちらが良い悪いというわけでなく、お医者様と看護士さんの立場の違いを見た気がしました。




続きます。

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